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福永先生がでてきました。
わたしの母方の親戚筋にあたります。
福永先生は20年ほど前に中津に帰られて
中津のために働きたいと申し出たのですが
中津からは無視されました。
わたしは福永先生の最後の弟子でもあります。
いろいろなことがありますが、
福永先生のまわりには不幸にして
適切な人材がつきませんでした。
先生の最晩年の半年間はわたしがついており
先生の資料作りはわたしにまかされたのですが
よこどりされてしまいました。
数年前までの奇跡はわたしのBBSでやっており、
京大時代、東大時代のお弟子さんたちからの
連絡役をやっていました。
福永先生はその道(哲学)では
三大哲人と称される大学者なのです。
あとのお二人は、聖徳太子と福澤諭吉であります。
したがってそのうちのおふたりが中津に関係あるのです。
福永先生がなくなる直前には東京で五木寛之さんとインタビューが
予定されていましたが。
わたしが最後に先生にお会いしたのは
インタビューの予定された前日でした。
五木氏は先生の御体をきずかって中津のホテルでインタビューをしようと
予定を変更までされたのですが、
その直後に永眠されました。
その後すぐに奥様もお亡くなりになりその後御実家は御長男さんが管理しておられましたが、今は中津市の管理となっていると思います。
先生はスイカがお好きでわたしが伺うといつも3人で大きな西瓜をいただいたものです。
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